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福岡地方裁判所小倉支部 昭和61年(ワ)269号 判決

原告 山本利幸

右訴訟代理人弁護士 島内正人

被告 甲野太郎

被告 更生会社熊本産業株式会社更生管財人 吉原英之

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 江上武幸

主文

一、被告甲野太郎は原告に対し、金二三八万七四三〇円及びこれに対する昭和六一年四月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告の被告更生会社熊本産業株式会社更生管財人吉原英之、同内川昭司に対する請求を棄却する。

三、訴訟費用は原告と被告甲野太郎との間に生じた分は同被告の負担とし、原告と被告更生会社熊本産業株式会社更生管財人吉原英之、同内川昭司との間に生じた分は原告の負担とする。

四、この判決は主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

(原告)

一、被告らは各自原告に対し、金二三八万七四三〇円及び昭和六一年三月二二日から(但し、被告甲野については同年四月五日から)完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告らの負担とする。

三、仮執行の宣言

(被告ら)

一、原告の各請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

(請求の原因)

一、事故の発生

被告甲野は左記の交通事故(以下「本件事故」という)によって後記傷害を余儀なくされた。

1、発生日時 昭和六〇年五月三〇日午後三時五分頃

2、発生場所 田川市大字川宮一六九九番地の四、田川工業高校前路上

3、事故車両と運転手

イ 大型貨物自動車 (北九州一一か八八八〇号) 訴外森本直登

ロ 普通貨物自動車 (福岡一一そ四〇三一号) 訴外下田実

ハ 大型貨物自動車 (福岡八八か二七九七号) 訴外西松勇亀

4 事故態様

本件道路を飯塚方面から香春方面に向けて進行してきた右下田運転車両(以下「下田車」という)が本件事故現場(三叉路)付近で右折すべく一旦停車していたところ、同一方向を後方から進行してきた被告森本運転車両(以下「森本車」という)が下田車に追突し、このため下田車が反対車線に押し出されたところ、折から同車線上を香春方面から飯塚方面に向けて進行中の右西松運転車両(以下「西松車」という)と接触した後、下田車が横断歩道上で信号待ちしていた被告甲野に衝突した。

5 傷害の程度

被告甲野は右事故により全身打撲の傷害を受けた。

二、更生会社熊本産業株式会社(以下便宜、更生管財人も含めて「被告会社」という)の責任

被告会社は森本車を保有し、本件事故当時右車両を自己の運転の用に供していたものであるから自賠法三条により被告甲野の損害を賠償する責任がある。

三、原告の診療報酬債権の発生

原告は現住所において医療事務に従事しているものであるが、前記事故の被害者である被告甲野に対して昭和六〇年八月二〇日から同年一二月一〇日まで治療行為を施し、右期間の治療費は金二三八万七四三〇円となっている。

四、原告は右治療費について被告甲野に再三請求するも同人には支払能力がないためにその支払いがなされず、よって民法四二三条により原告の同被告に対する診療報酬債権に基づき同被告の被告会社に対する損害賠償請求権を代位行使する。

五、よって、原告は被告らに対し、金二三八万七四三〇円及び訴状送達の翌日である昭和六一年三月二二日(被告甲野については同年四月五日)から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(請求の原因に対する答弁)

一、被告甲野

請求の原因事実は認める。

二、被告会社

1、請求の原因一の1ないし3は認める。その余は不知。

2、同二は認める。

3、同三のうち、原告が被告甲野に対し、本件事故により受けた傷害につき治療をなしたとの点は否認し、その余は不知。

被告甲野は昭和六〇年五月三〇日、本件事故当日に田川市魚町一二番五号の村上外科病院に入院し、頭部打撲、顔面切創、胸部打撲、腹部打撲、腹部内臓損傷の疑い、腰部打撲、第一腰椎圧迫骨折、左前腕左臀部両下肢打撲擦過傷により、同日から同年六月二九日まで安静入院加療を要する見込みとの診断を受け、入院治療を続け、同月二二日に退院し、以後通院治療を受け、同年八月一〇日まで通院した。

その後、被告甲野はパチンコをしたり、酒を飲んだり、草野球をする程であった。

原告病院に入院したのは、訴外丙川某と会い、同人に本件事故のことを話したところ、同人から「病院に入院すれば休業補償を貰ってやる。」とそそのかされたのが発端である。同被告は親族らの退院の懇請にも耳を貸さず、右丙川某らの言のまま、休業補償費等賠償金詐取の目的で入院治療を受けたにすぎないのであって、本件事故と原告の治療との間に相当因果関係はないから被告会社にその治療費支払義務はない。

第三証拠《省略》

理由

一、請求の原因事実は原告と被告甲野間では争いがなく、同事実によれば原告の同被告に対する請求は理由がある。

二、次に被告会社に対する請求について検討する。

請求の原因一、1ないし3、同二の各事実は当事者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すると、請求の原因一、4、5の各事実、請求の原因に対する答弁二、3で被告会社主張のとおり、被告甲野が本件交通事故後その主張のとおりの傷害を受けて村上外科病院で入院治療を受けたこと、被告甲野は請求の原因三記載のとおり原告経営の山本外科胃腸科医院(以下「原告医院」という)で入院治療を受けたことが認められ、これに反する証拠はない。

そこで、原告医院での被告甲野の治療と本件事故との因果関係の有無につき検討するに、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

1、被告甲野には浪費癖があり、就労意思、生活能力に欠け、本件事故二年前頃からは実姉の乙山松子(以下「松子」という)とその夫が引取り、同夫婦の営む店舗で店番をさせ、手伝わせるなどして面倒をみていたこと

2、村上外科病院の入院中は母親が付添看護し、その後は姉の松子らが三日に一度位見舞っていたところ、症状は軽快し、同病院医師から退院を勧められて昭和六〇年六月二二日退院し、以降通院することになったが、被告甲野は松子らの干渉を嫌がり父親のアパートに寄宿し、しばらくは同所から右松子の夫の車で病院に送ってもらっていたが、間もなく一人で通うようになったこと、その頃には被告甲野はパチンコや草野球をする程に回復していたこと

3、被告甲野は昭和六〇年八月五日頃からは訴外丁原竹子(以下「丁原」という)方や同丙川春夫(以下「丙川」という)方で寝泊りし、また同月一〇日を最後に村上外科病院への通院をやめ、更に松子ら親族には何等相談、知らせることなく原告医院に入院したこと

4、その後、被告甲野の父母と松子は同被告が北九州市内の原告医院に入院していることを知り、原告医院を訪れて同被告に会い、本当に身体の具合が悪いのであれば親族らのいる田川市内の病院に転院するように説得し、原告医院からの退院を勧めたが、被告甲野は応じなかったこと、また松子らは丙川に対しても被告甲野を退院させてくれるようにと懇願したが、同人も保険金を貰ってやる旨高言して応じようとしなかったこと

5、被告甲野が原告医院に入院したのは、右丁原や丙川及びその知人の訴外戊田夏夫らから別の病院に移った方がいいと勧められたことによるものであるが、右丙川らはいずれも田川市内に居住している者であること

6、また右丙川らは被告甲野の委任を受けたとして保険会社に対し、交通事故損害賠償金の支払請求をしたが、添付の休業損害証明書には被告甲野が同年二ないし四月の間、スナックや丙川組で稼働した旨虚偽の事実が記載されていたこと

が認められる。

右のとおりであって、被告甲野は何ら遠隔地である原告医院に入院する必要はなく、同医院への入院は被告甲野が右丙川らの言に従い、交通事故名目で事故保険金を受領しようとしたためとみるのが自然である。

被告甲野は真実身体の調子が悪かった旨供述し、原告本人は被告甲野の腹痛の訴えは腹部打撲による腸管漿膜の損傷からくるものと推定された旨の供述をなし、《証拠省略》によれば、被告甲野は原告医院入院時には腹部膨満があり、レントゲン撮影でも小腸ガスの貯留が存在したこと、また《証拠省略》によれば、被告甲野は村上外科病院入院中も時々腹痛を訴えていたことが認められるが、《証拠省略》によっても軽度の訴えにすぎなかったと認められ、被告甲野本人の供述中、治療を要する状況であったとの供述部分は措信できず、右膨満等も本件事故による打撲から生じた傷害によると推定すべき確たる資料はない。また被告甲野が予後の不摂生によりかかる結果を招いたとしても、村上外科病院医師の診断書には昭和六〇年六月二九日までの安静入院加療を要する旨記載されているにとどまること、退院も同病院医師の勧めによったこと、その後の経過などを勘案すると、少なくとも通常の経過をたどれば、被告甲野は同年八月二〇日以前に治癒していたというべく、原告医院での治療と本件事故との間に相当因果関係はないというべきである。

以上のとおりであって、他に原告のなした被告甲野に対する治療が本件事故による傷害のためのものと認めるに足る証拠はないから、被代位債権は存在しないというべく、原告の被告会社に対する請求はその余を判断するまでもなく理由がない。

三、よって、原告の被告甲野に対する請求は理由があるから認容し、被告会社に対する請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 牧弘二)

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